※ caution ※

・下品でキモい勃●不全な乙女賈ク
・熟年夫婦のイチャコラエロ
・設定の捏造?余裕ですよ!

以上を御了承の上、楽しんで頂ければ幸いです。




























元来、雄は生殖行為に対し貪欲である。

こと人の性は、発情期という節度すら持たないため、

年がら年中腰を振り放題、まったく獣にも劣る淫奔振りだ。

一度孕めば十月十日の禁欲生活を余儀無くされる女と違い、

挿れて出すだけの簡単なお仕事なのも、男の好色に拍車をかけているのだろう。

なにせ世の理は、生きとし生ける者全てに己が種を遺す義務を課しており、

人もまた多少の自由意思は許されども、魂の根幹に刻まれた衝動から逃れられはしないのだ。

だが、我が子を大切に大切に胎内で育む女はまだしも、

突然現れた真っ赤な猿の干物に対し男が出来る対策といえば、

こいつには自分の血が半分流れていると盲目的に信じる事だけだ。

かくして、雄の因果とも言うべき懐疑から目を背けるために、男は物量作戦へと打って出る。

匹夫も集まればそれなりの戦果を期待出来るもの。

手当り次第種付けすれば、誰か1人くらいは本当に俺の子を産んでくれるだろう。

恐らくこれが雄の性衝動の真理であり基本理念なのだと、そう結論付けて、

賈クは元々人を食った面構えにお得意の嘲笑を浮かべた。
















『 独白、セクシャルマイノリティー 』














(とするならば、だ。俺はいよいよ雄としてもイカれてきてるってわけだ。)


嫌がらせのように咽返る全く趣味じゃない香の匂いを、わざと鼻から思いっ切り吸い込んで、

げんなり低迷した気分を、はっはぁ、と音にする。

当然それは無意味に甘ったるい空気を伝って女の耳にも届くわけで、

せっせとこちらの帯を解いていたしなやかな指がピタリと固まった。

どっぷり深い夜闇の中に、しどけなく着崩れた白い身体が持ち上がり、

美しいが何処か作り物めいた細面が、悩まし気な笑みを浮かべる。


「私のような女が御相手では興に乗りませぬか?」


恥じ入るように震えるなよやかな声は、楚々と健気でありながら、ほんの少しの批難も滲ませており、

まさに絶妙な加減で男の庇護欲と支配欲を煽った。

もちろんそれが娼妓の手管であると承知しているし、

それを閨で賢しらに謗るなど野暮の極みも良いところだが、

敢えて踏み込んでこその知的探求だろう。


「そいつは話が早くて助かる。誰彼構わず安売りされた体に夢を見られる年頃でも無いんでね。

あんたも早めに見切りつけて、その重たい尻を俺の上から退かしてくれ。」


そう、太ももの上に跨った魅力的な桃尻をとんとんとぞんざいに叩けば、

化粧で塗り固められた艶っぽい双眸に一瞬だけ強烈な敵意が浮かぶ。

けれど、女の顔に張り付いた微笑みが消える事は無く、

鮮やかに紅を引いた唇は、より一層優美に弧を描いて見せた。


(おー怖い怖い。けど、踏み止まる根性はさっすが。)


薄っぺらい挑発に乗らない辺り、これは中々に高嶺の花だ。

この屋敷の主が支払った、決して安くは無い今宵一夜の花代に、一応の敬意を表す。

とはいえ、あの狸親父の思惑に乗っかってやる気など端から皆無なわけで、

先ほど振舞われた高価な酒と豪勢な肴も併せて、全て泡銭と消えた事になるのだが。


「酷いわ、あんまりな御言い様。でも、貴方様の声で紡がれるならば、

どんなお言葉もこの身を蕩かせる睦言にございます。」


てんでやる気のない賈クを置いてけぼりに、女は芝居がかった台詞を恍惚と囁く。

そうして、こちらの手を取ると緩んだ襟元へ忍び込ませ、豊かな乳房に優しく押し付けた。

はぁ・・と吐き出される熱を帯びた吐息は、掌に伝わる柔らかな感触をより淫靡なものにする。

男ならここで勢い良くいきり勃たねば嘘なのだが、

己が雄たる証はいっこうに反応を示さなかった。

むしろ、そっと添えられた彼女の右手の親指、

その付け根にある特徴的な胼胝の方が余程興味をそそられる。


(俺も歳かねぇ・・・。)


などと嘯きながら絹地の天蓋に寄る無数の皺をのんびり眺めていると、

女の空いている方の手が、こちらの首筋から乱れた胸元を焦らすように滑り、

布越しに股間へと触れた。

ふにゃりと頼りないそれに、明らかな困惑と嘲りが黒曜の瞳へと浮かんだが、

直ぐに瞼が慎ましく伏せられ、長い睫毛がそれらを全て覆い隠す。


「・・・ふふふ、可愛らしいこと。」


上から降ってきた鈴を転がす揶揄に、そりゃどうも、と賈クはなんとも不精な応答を返した。

小憎らしい指が乱れた夜着の裾を割って、いよいよ内股へと這わされる。

ゆるゆると恥毛を弄びながら、やんわり陰茎を握りこまれる寸前で、

その華奢な手首をぎゅっと引き留めた。


「ま、お楽しみはここまでって事で。あんたの手は、そんな小汚い竿を奏でる為のもんじゃあ無い。」


甘美な褥に似つかわしくない軽口を叩き、腹筋だけを使って身を起こせば、

女は今度こそ微笑みという仮面を脱いで、大いに驚愕する。

慰め程度に漂っていた甘い雰囲気も完全に霧散し、

憮然とした女の視線がこちらの顎辺りに突き刺さるも、

賈クはどこ吹く風と、掴んだままの左手をしげしげ眺めた。

思った通り、手入れの行き届いた美しい手ではあるが、

右手に比べ若干大きく、長い指も春を売る女にしちゃやけに節が目立つ。

試しに指の腹を押せば思いの外柔らかかったが、皮は確かに厚みを帯びていた。

右手の胼胝といい、これらから推測される答えは唯一つで、

賈クはこの客間に通されて以来初めての満足感を得る。


「さぁて、謎も解けた事だし、いい加減ごめんなさいよっと。」


一応断りを入れて、柔らかな尻の下から力任せに足を引き抜けば、

不意をつかれた女はごろんと呆気なく寝台の上に転がった。

きゃあ、と上がった悲鳴が妙に娘染みていて愛らしく、

そっちの方が客受けするんじゃないかと賈クは要らぬ世話を焼く。


「・・・ちょいと、いくらなんでも無粋過ぎやしませんかね?」


と、口調こそ淑やかさを保とうと務めているものの、

ゆらりと身を起こした女のかんばせは言わずもがなな形相で、

なまじ整っているがゆえにゾッと総毛立つような恐ろしさである。


「おおっと、こいつはまたとびきり麗しいご様子で。そうしてる方がよっぽどそそられるね。」

「だったら真面目に愛でて下さいましな。こっちも、お代を頂戴した以上きっちり仕事をやり遂げないと、

信用に関わるんですの。」


にいっと裂けて白い歯を覗かせる紅い唇が鮮烈で、賈クは生き生きと悪態をつく女を、

実に好ましいと感じる。


「んー、さっきも言ったろ?俺の奥床しい一物を扱くのに、あんたの手を使うにゃ忍び無いって。」


開けっ広げにされた胸襟をきっちりと閉めなおしながら、賈クがそう言って口の片端を釣り上げれば、

女もまた長い黒髪を掻き上げながら、胡散臭そうに流し目をくれた。


「最初は刺客かとも疑ったが・・・あんた、本職は楽士だろ。さしずめ得手は奚琴辺りかな?」


九割九分確信している口振りでそう断言すると、

毒花に似た妖艶な細面がおぼこい生娘へと変化する。


「・・・あーあ、タチの悪い客に当たっちまったもんだ。あんた一体何者だい?」


猫のような好奇心を舌の上でチラつかせるくせに、素知らぬ素振りでぼやいた女へ、

賈クはただ肩を竦めるのみに留めた。

妓楼の楽士は、普通閨には呼ばれない。

下手な客を相手にして商売道具の指に何かあれば、店にとっても大損害だからだ。

とはいえ、どこにだって例外は存在する。

一体この接待にどれだけ無駄金を注ぎ込んだのかと、

先祖は漢朝の三公も勤めた事があると吹かした、落ちぶれ官吏の幸薄い頭を思い出し、

寒い笑いが漏れる。


「しっかしまぁ、あの禿げ鯰はなんであんたを俺の敵娼に当てたんだろね?」


そう冗談交じりに尋ねれば、女は白粉が禿げるのも構わずくしゃりと顔を顰めて噴き出した。

大方、下垂した頬肉をぶるぶる震わせて自慢の泥鰌髭を指先で撫でる雇い主の顔が、脳裏を過ぎったのだろう。


「っふふ、そんな事私に聞かれたって分かりゃしませんよ。」


禿げ鯰だなんて・・ふふ、と今だ呟いては笑いを堪える女を眺め、

彼女を選んだ事だけは褒めてやろうと、ひとの愛娘を後妻に寄越せと抜かした強欲爺をほんの少し見直してやった。

どう頑張っても抱けぬなら、せめて気の合う女の方が一夜を過ごすに色々面白い。


(ま、勃たないもんはしょうがないってね。)


大多数の男は死刑を宣告されたかの如く絶望するのだろうが、

賈クはさほど落胆も悲観もしていなかった。


(むしろ、俺の預り知らぬ所で勝手に子孫が増えちまう心配も無いから、安心安心。)


そして何より、変な病気を貰わずに済むのが一番有難い。

すっかり見慣れた面影が自然と脳裏に浮かんで、

常にへの字を描いた賈クの口元が穏やかに綻んだ。

同時に、山のごとく不動であった股間のそれもピクリと頭をもたげる。


「へぇぇ、あんたみたいな性悪でもそんな顔出来るんだ?」


てっきり乱れ髪を結い直しているとばかり思っていた女が、

上体だけを振り向かせて、ニヤリと意味深な視線を送って来るのを、

賈クは不覚を取ったと言わんばかりに舌打ちで応戦した。

野次馬根性で根ほり葉ほり探られる前に、ここは退却すると致しましょう。


「じゃ!俺は帰らせてもらうんで。ここは一つよろしく頼むよ、姐さん。」


そう言って、勢い良く寝台から飛び降りれば、


「ちょ、ちょいと待って下さいな!私一人で、あの禿げ鯰に申し開きしろってんですか!?」


と、未だ着崩れたままの女が血相変えて追い縋る。


「んー、そこはま。天下の奇才賈文和様は閨じゃ全く役立たずでした、とでも言っといてよ。」


くれぐれも天下の奇才ってのを付け忘れないでくれ、と笑えば、

女はすっかり呆れ顔で、変な男、と鼻の頭に皺を寄せた。

最高の褒め言葉だ、と茶化しながら、

湯浴みの時に着替えて、そのまま部屋の隅に放置されていた戦装束を、

慣れた手つきで身に付けていく。

そもそも賈クは、他人様から旨い酒と旨い飯は頂戴しても、

上手い話と上手い女には乗らない事にしていた。

目先の餌に釣られて浅ましい権力闘争の駒に成り下がるなんて、

策士の名が咽び泣くってもんだ。

まして、主君の股肱を討死にたらしめた降将の足元を見て、

助力を盾に邪な要求をゴリ押しとは、厚顔を通り越していっそ威風堂々たる下衆っぷりだ。


(欲望に正直な奴は嫌いじゃあ無いが・・そんなしみったれた援助なんぞいらないんだなぁ、これが。)


曹操幕下は実力主義。

孤立するも落ちぶれ果てるも、己の才がその程度であっただけの事。

子まで利用するほどの出世欲も無ければ、政治に興味も無い。

心残りがあるとすれば、目論見が外れて真っ赤に憤慨する狒々爺を直に拝めない事くらいか。

鏡を見ずとも器用に紫紺の帯を頭へと巻き付けて、賈クはいかにも残念だと嘆息した。

革靴というのは布靴に比べ丈夫で長持ちだが履きにくいのが欠点だと、

寝台の端に腰掛けて力任せに引っ張っていると、


「本当に帰っちまうんですか?」


そう、広い寝台を贅沢に占領した女が、気だるげな目をして尋ねてくる。

横向きに寝転んだまま、頬杖をついて頭だけを起こしたその姿は、

しどけなく放り出された足さえ様になっていて、

なるほど美人はどんな格好でも絵になるもんだと、賈クは感心した。


「あははあ、この歳になると妙に我が家が恋しくてね。」


と、案外本音だったりする答えを返せば、


「妓楼の女にも意地ってもんがありましてね。

碌に味見も無しで袖にされるってのは我慢ならないんですよ。」


そう囁く声こそ甘く優しげだが、その眼光はまるで肉食獣だ。

このままじゃ実力行使も辞さない様子の女に、賈クは随分気に入られたもんだと苦笑する。


「そんじゃ、次、俺の屋敷に呼ぶ時までつけにしといてよ。」

「あら、良いんですか?娼妓なんか連れ込んで。余程出来た奥方様なんでございますね。」

「そうそう、その出来た嫁さんを姐さんの妙技で蕩けさせてくれないか?」


もちろん本職の方で、と付け足せば、駆け引き無しの極上な笑みが麗しの白面に浮かんだ。

すっかり身支度を整えた賈クは、

恐らく家人が見張っているだろう部屋の入口を避けて、

たった一つだけ備え付けられている窓を開け放つ。

静まり返った中庭に人影がないことを確認してから、


「おっと、そういえば。まだ姐さんの名前教えて貰ってなかったね。」


そう言って、月明かりに照らし出された寝台の方へと今一度振り返った。

すると、しなやかに伸びをして身を起こした女は、


「誰があんたみたいなつれない男に教えてやるもんですか。せいぜいあちこち訊いて回るんですね。」

一昨日おいで!と、夜目にも彩かな瑞々しい舌をべろんと吐き出した。

断られるとは終ぞ予想していなかった賈クは、眦の鋭い糸目を限界まで見開くと、

次いでくつくつ声を上げて笑う。


「んー、残念。嫌われちまったか。ま、ご自慢の音色はいずれ必ず聞かせてもらうから、さ。

予定の端にでも入れといてくれ。」


そう、挨拶変わりの約定を一方的に取り付けて、賈クは足音も立てず夜のしじまに躍り出た。













いつもと変わらぬ家路をいつもより随分遅い時分に帰り着けば、

当然だが屋敷の門は固く閉ざされていて、賈クは仕方なく裏手側の塀をよじ登った。

容易く侵入出来ぬよう塀の上にわざわざ取り付けた竹杭が、よもや自分に牙を剥こうとは。

四苦八苦しながらようやく裏庭へと跳び降りたものの、

だらりと伸びた腰帯の端が杭の一つに引っかかって嫌な音を立てる。


(あーあ、こりゃ小言の一つも覚悟するかな。)


と、無惨に引き裂かれた裾を指で摘みながら、賈クはなんとも嬉しそうに目を細めた。

いざという時の為に、必ず一つは閂をかけないでいておいてある物置部屋の明かり窓から、

するすると難なく中に入り込んで、ようやく肩の力を抜く。

屋敷の主がまるでこそ泥のように裏からご帰還とは、威厳も何もあったもんじゃないが、

例え相手が賈ク自身であろうと、報せが届いていなければ夜間の来訪者は応対するなと、

妻子及び家人にきつく言い付けてある。

とはいえこんなに簡単に侵入できては問題だ、と新たな防犯対策を考えながら、

賈クは恐らくまだ起きているであろう人物を目指し、書斎へと向かった。

思った通り、真っ暗な廊下に一つだけほんのり光が漏れている扉を発見し、

蝶番が軋まぬようそぉっと優しく押し開く。

整然と並んだ書棚の奥。一段高くなった床の上に、黙々と繕い物に勤しむ丸い背中が見えて、

全くこちらへ気付く様子のない彼女に、賈クはニンマリとほくそ笑んだ。

足音を殺し、さながら庭の雀を狙う野良猫のごとく忍び寄る。

一瞬息を止めてから、小刻みに動き続ける両肩へぽんっと手を乗せようとした所で、


「お帰りなさい、文和。」


と、微かに笑みを含んだ穏やかな声が先手を打って返された。

寸でのところで獲物に逃げられた狩人は、つまらなそうに手を引っ込めると、

拗ねた声音で、何で分かった?と問い詰める。

今度こそくすくす笑い声を立てて、女は座卓の端に置いてある油皿を指さした。


「ほんの少しだけ火が揺れたのよ。扉が開いた証拠でしょう?」

「んー、それでなんで俺が帰ってきたと?」

「もちろん私の願望よ?なんとなく帰ってくる気がして、待ってたんだもの。」

「待ってた、か・・その賭け、今あんたの勝率はどれくらい?」

「そうねぇ、ざっと8割ってところかしら。」


最近勝ちっ放しなの、と古着に蟻の行列を作っていた針を止めて、

年齢不詳の童顔がにっこり賈クを仰ぎ見た。


「あははぁ、殿は俺より優秀であらせられる。」


と、長年連れ添った妻に賞賛を贈れば、

彼女は、お褒めにあずかり光栄の至り、と恭しく頭を下げた。

動きに合わせて、耳の下辺りで緩く一本に編まれた髪が肩を滑り落ちる。

黒い蛇のようなそれの中に白い絹糸が一本混じっているのを、

賈クは仄かな灯りの下でも目敏く見つけた。

この白髪が頭皮から生まれて、ここまで伸びる年月よりずっと長く、

自分はこの女と夫婦をしているのだ。

そう思うと、ただ流れるまま過ごしていた時が、限りなく貴いものに思えてくる。

小さく嘆息しながらが煩わしそうに背中へと放り投げたお下げを、賈クは無言で手に取ると、

きっちり結ばれた飾り紐をいとも簡単に解いてしまった。

戒めから放たれた髪を丁寧にほぐしていけば、丸まった背中に柔らかく波打つ瀑布が広がる。

その一房を指に絡めてふんわり口付けを落としていると、

また何か悪戯するつもり?と嗜めるように振り向いた彼の妻は、

呆気にとられて固まった。

彼女の福福しい頬にさっと紅が散るのを、ニヤニヤと上目遣いで眺めれば、

気障!という照れ隠しを浴びせられた挙句、せっかく愛でていた射干玉も奪われてしまう。


「やれやれ、ご主人様のお帰りだってのに背を向けたまんまお出迎えとはね。

ちょいと怠慢じゃあないか。」


そんなこと欠片も思っていないくせに、いけしゃあしゃあと彼女の態度を詰れば、

の方も賈クの面倒臭い甘え方には慣れたもので、


「まったく手のかかるご主人様だこと。」


と、小言をぼやきながらも針道具を仕舞い始めた。

縫いかけの古着を綺麗に畳んで小さな行李へ戻し、立ち上がって膝に落ちた糸屑を払い落とすと、

さぁこれで如何か、とばかりにこちらへ向き直る。

自分で焚き付けておいて、振り向いた妻の頭から爪先までをのんびり眺め回した賈クは、

ふむ、顎をひと撫でした後、何の予告もせず彼女を横抱きに抱え上げた。

成すすべも無く抱き上げられたが目を白黒させながら、

慌てて彼の首根っこにしがみつく。


「おおっとこれは熱烈な抱擁だ。も実は寂しかったのかな?」

「茶化さないで。もう、今夜は一体どうしたっていうの?」


相手が夫であるという絶対的な信頼からか、

不意打ちの驚きもあっという間に成りを潜め、妻は大人しくされるがままでいる。

けれど、賈クがそのまま書斎を立ち去ろうとすると、慌てて待ってと静止をかけた。


「灯りを消さないと・・・」

「んー、そのままで大丈夫だろ。どうせもう油も無いんだ、すぐに消えちまうさ。」


じりりと密やかに燃える火を心配そうに見つめるに、

もっともらしい言い訳をして、また余計な気を回し始める前にいそいそ部屋の外へ出る。

人を一人抱えているとは思えない足取りで、寝所に向かってどんどん歩いていると、

胸元から、可哀想に、と脈略のない呟きが聞こえてきた。

どういう意味だろうと視線を落とせば、


「今夜貴方を屋敷に招いた御方は、きっと散々な思いをされたのでしょうね。」


文和は人を怒らせた時ほど機嫌が良いもの、と彼の妻は茶目っ気たっぷりに見上げてくる。

夫を前にその言い草はあんまりだが、その通りだから反論しない。


「そういう殿は、またまた重くなられたご様子で。」


代わりにこちらも厳然たる事実で反撃すれば、途端におろおろと視線を泳がせ始めた。


「な、何の事かしら???」

「やれやれ。その様子じゃ郭嘉殿から貰った干菓子ももう残ってなさそうだ。」

「・・・だってぇ、すごく美味しかったんですもの、あれ。」


昔から食に大して貪欲ではあったものの、

我が子らがまだ幼いうちは、母としてそちらを優先していたのだが。

皆それなりに大きくなった今、彼女はだんだんと自制を失ってきている気がする。

結局一つも賈クの口に入らぬまま、いつの間にか頂き物が消えている事もしばしばだ。


「っまー、別に構わないんだが。

せめて俺が抱き上げられる重さには、留めて置いて欲しいもんだね。」


と、少々意地悪く笑えば、不貞腐れながらもはぁいと素直な返事が返ってきた。

しゅんと大人しくなったのまろい額や長い睫毛を思う存分観察しながら、

ようやく寝所の前へとたどり着くと、また唐突に含み笑いがくすくす上がってくる。

今度は何だと尋ねれば、


「だって、こんなに丁寧に閨へお連れ頂けるなんて。初夜でさえあんなにぞんざいだったのに。」


もうずっとずっと若い頃の粗相を引き合いに出され、賈クはバツが悪そうに顔をしかめた。

器用に片手で扉を押し開きながら、


「あははぁ、あの頃だったらもっと楽に運べただろうにね。」


と苦し紛れの憎まれ口を叩く。


「もう!またそれを言う!」


と、ふくよかな頬をますます膨らませる妻を、

そっと寝台に降ろしてやって、賈クはさっき着込んだばかりの戦装束をほいほい脱ぎ始めた。

乱雑に放り出された服をせっせと拾い集めていたが、あ!と不穏な悲鳴を上げる。

しまったと振り返った時には既に遅く、彼女の手には見事に鉤裂きを作った腰帯が握られていた。


「まぁ、これは酷い。裂けた部分はもう切ってしまうしかないわね。少し短くなっちゃうけど。」


そう思案顔をしながら寝床から抜け出そうとする妻を、

すっかり一糸まとわぬ姿となった賈クが慌てて褥に押し倒した。


「おっと、敵前逃亡は頂けない。」

「でも・・・明日の朝までに繕ってしまわなくちゃ。」

「別に、帯の色が多少違った所で誰も気にしやしないさ。」


それより今はご主人の相手をしてくれ、とすっかりその気になっている股間を、

夜着からはみ出た肉感的な太ももへ擦りつければ、は情けなく眉尻を下げた。

抵抗が無くなったのを良いことに、夜目にも白い首筋へ鼻先を埋めれば、


「ふふっ、てっきりあの華やかな香りの持ち主とよろしくなさってきたものと。」


と、この場の空気を凍りつかせる恐ろしい言葉を、楽しげに囁いてくる。

後ろ暗い事など何もない賈クでさえ、ぞっと項がそそけ立つのを感じながら、

気付いてたのか、と苦笑いすれば、


「とっても甘くて素敵な香りだけど、私の好みじゃないわねぇ。」


癖が強すぎる、と妻は噛み合わない答えを返した。

俺もそう思うと胸中で同意しつつ、焦点が合わないほど顔を近付けて、

冗談とも本気ともいえる言葉遊びを楽しむ。


「これはこれは、妬いてくれちゃったかな?」

「馬鹿言って。」

「心配ご無用。俺はあんたじゃないと勃たないんだ。」


と、これだけは一点の曇りもない事実を告げれば、誰より多く夜を共に過ごしてきた女は、

どうだか、と笑うばかりだった。

信じようが信じまいが、賈クにとってはどちらでも良い。

ただ自身が望むままに、紅もささないかさついた唇へと口付けを落とした。

すぐに舌が絡み合って、淫猥な水音を立てる。

十分に互いの唾液を貪ってから名残惜しく顔を上げれば、

慈しむような目をした妻が、すっかり潤いを取り戻した唇から、

お帰りなさい、とついさっき言った台詞をもう一度与えてくれた。

賈クの口からも、ただいま、と自然に言葉が転がり落ちて、

身体の隅々まで安堵感が広がる。


改めて思い返せば、どんな時もはこの笑顔で賈クを受け入れてくれた。


董卓の校尉として洛陽へ赴任する事になった時は、


「私、涼州から出るなんて初めてよ!」


と目を輝かせたし、

張繍に仕える際、家族は華陰に置いていくと決めた時も、


「良かったわ。せっかく漬けた杏酒を、一口も飲まぬまま置いていかなくて済むもの。」


と笑って送り出してくれた。

現君主の元に降る事を打ち明けた時も、


「まぁ!きっと許昌には見たこともないような美味しい食べ物がたくさんあるわ!」


と、大はしゃぎして息子に嗜められる始末だ。

下手をすれば三族皆殺しの憂き目に合うかも知れないというのに、暢気な嫁さんだと呆れながら、

彼女の底抜けな前向きさに少なからず救われた賈クである。


我が子の健やかな成長と、

美味い物と、

甘い酒。


それさえあれば幸せな、どこにでも居る単純な女。

けれどもそんな有り触れた妻に、堪らなく欲情する。

男の愉悦を知り尽くした妓楼の女には、あれほど無反応であった賈クの雄が、

今や先端に先走りさえ滲ませて、ずくずくと疼きを訴えた。

少々性急に夜着の帯を解き、同じように裸へとひん剥けば、

は喉の奥で笑いながら、脱がせやすいよう手伝ってくれる。

現れた白い肌へと舌を這わせ、重力に従い零れ落ちる乳房にやんわり指を埋めた。

まだ青く張り詰めて天を向いていた頃も、

すっかり柔らかく熟れて稜線を流動させる今も、

二つのまろやかな膨らみは、賈クを魅了してやまない。

何度となく赤子に奪われた乳首に我が物顔で吸い付くと、

艷やかな喘ぎが惜しげもなく耳穴へ注がれた。

掌を身体に沿って降ろしていけば、

若い時分に比べ随分量感を増した腹が、ふわふわ押し返してくる。

必要以上にその吸い付くような感触を楽しんでいると、


「ちょっと。何が言いたいの?」


と、胡乱な目をした妻がこちらの脇腹を軽くつまんできた。


「いやぁ、実に良い触り心地で。」

「私達の子を全員無事に産んだ立派なお腹よ?もっと敬意を払って頂きたいわ。」


ふんっと鼻を鳴らすが少々生意気だったので、

有無を言わさず唇を塞いでしまう。

そのまま、さらに指を下へと滑らせて潤んだ割れ目に含ませれば、

ぴったり合わさった口の中に甲高い痴態が甘く溶けた。

一番長い中指をずるりと奥までくわえ込ませて、

容赦なく膣を掻き回せばグジュリと蜜が泡立ち、切ない悲鳴がひっきりなしに賈クの舌を悦ばす。

つぅっと唾液の糸を垂らして、唇を開放してやると、

は肩で荒い息をつきながら、批難がましく睨んできた。

涙の膜が張ったいじましい瞳の奥に、ギラギラと滾る情欲を見出して、

好戦的な痺れが背骨を這い上がる。


「散々俺に孕まされたのに、まだ足りないなんて。なんとまぁ、淫らな女だね。」


と、熱くふやけた指を引き抜いて、変わりに怒張した亀頭を割れ目に擦り付ければ、


「文和こそ、散々抱き慣れた古女房を相手に、随分がっつくじゃないの。」


なんて挑発を口にしながら、発情した人妻はぽってり白い両足を旦那の腰へと巻きつける。

そうして強引に恥部を押し付ければ、猛り立つ陰茎はすんなり胎内へと飲み込まれた。

からかうだけのつもりが思わぬ反撃をくらい、

下肢に走った鋭い快楽に、賈クの喉から悩ましげな嬌声が止めようもなく漏れる。

歯を食いしばって吐精感に耐えていれば、

額に後れ毛を張り付かせた童顔が、してやったりと小生意気な笑みを浮かべた。

ようやく衝撃を乗り切った賈クの細い目が、より一層獰猛に細められる。


「まったく。今夜は寝かせて貰えるなんて思いなさんな。」


そう宣言して、妻が反論を述べる前に腰を強く打ちつけた。

当然の抗議は、意味を為さぬ喘ぎへとバラバラに解体され、

淫らな粘膜が、まるで形を記憶しているかのように荒々しい侵略者を絞り上げる。

挑むように突き上げながら、赤く腫れて震える肉芽を摘んで止めを刺せば、

いよいよ啜り泣くように悲鳴を上げて、白い裸体が痙攣した。

がくがく揺すぶられながら、酷くしないで、なんて舌っ足らずに懇願されては、

手加減なんて無理に決まっている。

頬を伝い唇の端に溜まった汗をぺろりと舐めて、

敷布を握り締める指に己の指を無理矢理絡めれば、

水仕事に荒れた手と淫靡な行為があまりに不釣合で、ちぐはぐな印象が妙に愛おしかった。



いつも変わらない、というのは常にそう在ろうと努力している証に他ならない。



元々は、郷挙里選に賈クの名が挙がった時、官に推挙する代償として、

地元豪族から押し付けられた妾腹の娘である。

慣れ親しんだ故郷を遠く離れ、頼りに出来る縁者も無く、

転々と主君を変える根無し草の夫に仕えるのは、

純朴な田舎娘にどれほど不安な日々を強いてきたのだろう。

それでも彼女は決して賈クを厭わず疑わず、あの優しい笑顔でいつも帰りを待っていてくれた。

朴訥とした、悪く言えば野暮ったいこの女の、

本能を剥き出しにした痴態を知るのは、後にも先にもこの世で唯一人、自分だけだ。

そう思うと、目も眩むような愉悦に吼えてしまいそうになる。

どれほど歳を重ねても、上り詰めたい本能とまだ中に留まっていたい情念との間で、雄は葛藤を繰り返す。

こちらの懇願とは裏腹に、どんどん追い詰められる意識の外で、賈クはぼんやり考えた。

もしかしたら自分は、知恵を絞り尽くして戦況を覆す快感と、この女に抱かれ沈む充足感さえあれば、

概ね事足りるのではないか、と。


(乱世は打算で渡るものなんて豪語している輩が、随分ささやかな人生を望むじゃないか。)


だが、ささやかだからこそ得難く、そして貴い。

案外俺も有り触れた男だと自嘲して、

賈クは狂おしい呻きを一つ吐き出し、最愛の妻へと劣情を注ぎ込んだ。










練兵場の脇にある石積み井戸の前で大きな欠伸を一つ。

さすがに宣言通り夜通し夫婦の営みを強いるのは気が引けて、空が白む前に開放してやったが、

今朝賈クの出仕を見送ったは、あのまま寝所に逆戻りした事だろう。

自身もまた、心地よい下半身のだるさと目の奥に燻る眠気のせいで、

口から出るのは欠伸ばかりだ。

せっかく今日は真面目に麾下の調練に付き合ったのに、あまり身が入って無かったなと、

ほんの少し自省しつつ汲み桶の水で顔を洗っていると、


「おや、今日はいつもと腰帯が違うんだね。その色もなかなか似合っているよ。」


と、ふんわり宙でも浮いてそうな男の声が背後から聞こえてきた。

鋭角に尖った鼻先からぽたぽた雫を落としながら、

賈クが視線だけをそちらに向ければ、年がら年中春風でも纏ってそうな優男が、

世の女を全て虜にする唇に微笑を浮かべて立っていた。


(ま、は例外だが・・・)


とさりげなく胸中で妻の貞淑を強調してから、


「これはこれは郭嘉殿。いつもながら目敏いねぇ。」


女の髪型でもあるまいに、と言外に呆れを滲ませれば、

彼はその憎らしいほど整った小顔へと正しく苦笑を浮かべる。

主君から直々にお目付け役を言い預かっている天才軍師は、それを隠しもせず接してくるので、

澄まし顔の下で敵意をギラつかせている連中よりはずっと付き合いやすかった。

麗しい微笑みを通常装備している男へ、それで何の用が?と尋ねつつ、

備え付けの柄杓でざらついた口の中を濯ぐ。


「いやね、賈ク殿は勃たないと教えてもらったから、真実か確かめようと思って。」


すれ違った女官を視線だけで気絶させられると噂の色男は、

少女のように可憐な口から恐ろしく下世話な問いをさらりと紡いだ。

思わず溜め込んでいた水をぶふーっと吹き出して、賈クがアンタ何をと問い返せば、

聞いた本人は、随分遠くまで飛ばせるんだね、と乾いた地面に伸びた飛沫を興味深そうに眺めた。

濡れた口元を袖で乱暴に拭いつつ、


「そいつはまぁ、概ね事実だ。が、あんた一体誰から聞いたんだ?」


別に隠すつもりも無いので正直にそう肯定する。

同業者である優男は、丸くした瞳に先程より複雑な色味の感心を浮かべ、


「蝶蘭姐さんからだよ。賈ク殿は随分彼女を怒らせたみたいだね。

そりゃあもう不機嫌で、宥めるのが大変だった。」


と、さも嬉しそうに報告してくれた。

なるほど、あの妓楼の楽士は蝶蘭というのか。

思っていたよりずっと早い発見に、彼女を屋敷へ招く日もそう遠くないとほくそ笑みながら、

それにしても、と郭嘉へ視線を戻す。


「あの姐さんを怒らせたのも事実なんだが、昨日の今日でもうご存知とは。

まさか郭嘉殿は伝説の千里眼でもお持ちで?」

「あはは、貴方は面白い事を言うね。けど、残念ながら違うよ。

楽士から音色じゃなく春を買おうなんて無粋な輩のせいで、

朝まで待ち惚けを食わされた哀れな男が一人居てね。」


と、口振りこそ優しいけれど、語尾に薄ら寒いものを感じるのは気のせいではないだろう。


「んー、そりゃ当人から直接聞けば早いに決まってるか。」

「おや、口止めしておかないんだね。不本意な噂というわけでも無いという事かな?」


そう可愛らしく小首を傾げたところで誤魔化されない、と、

そんじょそこらの女よりよほど優雅な美男に、賈クは胡乱な半眼を向けた。

どうせその恐ろしく回転の早い頭で、既にこちらの真意を見抜いているのだろう。

昨夜、あの落ちぶれ官吏に屋敷へと誘われた時は、いまいち腹積もりが見えず、

鬼が出るか蛇が出るかと、好奇心に負けてついて行ったが、

蓋を開けてみれば、実に罪の無い醜悪な要求であった。

むしろ面倒なのは、賈クがあの禿げ鯰と一緒に罪の有る悪巧みを企んでると、

破格の待遇で迎えられた降将を疎む連中に、糾弾する機会を献上する事だ。

だからこそあの中々気風の良い楽士殿に一役買って頂いたわけで。

雄として役に立たないなんて不名誉な噂が流れれば、

すなわち賈クと官吏の密談は決裂した事を、労せずして周囲に印象付けられる。


「それにしても、賈ク殿は良く平気でいられるね?

女性を愛でられないなんて、私なんか想像しただけで人生に絶望するよ。」


心底そう思っているのか、珍しく真実味のある声音で捲し立てる郭嘉に、

まぁあんたはそうだろうな、と賈クはゆるーく首を縦に降った。


「言うほど悪くも無いさ。不自由は、無い。」


そう、今頃あの書斎でせっせと帯を繕ってくれているだろう丸い背中を思い、

口の端を綻ばせる。


「ふーん、賈ク殿にそんな厭らしい顔をさせる女性か。興味が湧いたよ。」


近いうちに屋敷へ招待してくれるかな?と気安く頼み込んでくる稀代の女たらしに向けて、

賈クは心底嫌そうに顔を顰めると、はっきりきっぱり首を横に振った。

















































おかしいな?熟年夫婦のほのぼのスローライフが書きたかったはずなのに・・・。
どうしてこうなった???(全部私のせい